とてもうるさい

文章を書く練習だけども公開メモ置き場かも

下書きを溜め込みすぎると段々どうでもよくなってくる

それがとりとめもない話の詰め合わせだと特に。

たまにでいいからこのブログに記事をあげようと思って、スマートフォンのメモアプリに下書きをちまちまいれてたんだけど、その「下書き」って大体が「その時々にチラッと思っただけのこと」がほとんどで、ちょっとまとめて満足するとうっかり忘れちゃって一週間ぐらい放っちゃってどうでもよくなってきて(「その時」に思ったことだから「その時」にあげないと意味がないというか)アップする気もかなり失せる。

それが健全なのかもしらんが。

小説なんかはアホみたいに時間かかってもあげれるのに。文章に対する気合も違うのかな。

そういう中途半端な下書きは、なんかもったいないからとりあえずはてなの下書きには移しておいた。

「力作」になりそうな感じのもいくつかたまってる。書き上げたいけど書き上がらなくてイライラする。ストレス発散でブログをはじめたはずなのにストレス発散にならない。とりあえず見なかったことにする。またたまる。話題が古くなる。以下繰り返し。


「ノーマル」って言葉、現実的な、フィクションからは切り離されたものとされがちな、「我々」の世界が基準のポリコレに、あわせなくても、十分「危険」な表現じゃないか? ということを考えようとして、記事をもそもそ書いてたんだけど、段々恨み節度が高まってきたから一旦封印した。


どのくらい恨み節度が高いかというと、もう二回数時間かけて別々の記事を書いては封印した。正直馬鹿じゃねぇのと思う。


でもやっぱり何か言いたくて仕方ないみたいだから

「自ジャンルにあった事件から、『ノーマル』という語をラベリングに使うことを絶対許してはいけない」

という立場にある、ってことだけ書いとく。


こう、前世で、村を燃やされてるんですよ、ノーマルや「特殊」という言葉に固執する人達に。だから、恨み節なしで何か書くの絶対無理。もうやめよう。という記事。


馬鹿じゃねぇの。