とてもうるさい

文章を書く練習だけども公開メモ置き場かも

メル画も夢小説も大好き

メル画も夢小説大好きです。

ついついこの世の地獄案件見ちゃって勝手にひとりで削れちゃった気がするんだけど、自分の心情整理のためにこの件について続きを書くのはなんか違うなぁ、と思うし、うっかり余計な恨み言なんかが出ないとも限らんので全然違うことについて書こうと思います。

メル画も夢小説も大好きです。

オタクってよく「オタクは他人の好きなものについても尊重できる」的な言説を持ち上げたがるし、実際「そういう気持ち」はあるんだろうな、とはよく感じるんですが(主語をでかくしてお送りしています)、一方で人間は「自分のよく知らないもの」について平気で踏みにじりがちでもある(何故ならよく知らないものをうっかり傷付けてしまってもよく知らないから良心が痛まないのだ!)(主語を無限にでかくしてお送りしています)ので、間違っても踏まれないよう、一見さんの海馬にもアツく焼き刻み込むべく、狂気の「私はこれが大好き!」キャンペーンをしようと思います。

メル画も夢小説も大好きです。

あくまで私はですが、よく知らない人・ものであっても、それを「大好き!」と語っている文章を読んでいるとなんだか楽しくなることがままあるので、それを真似してみようというわけです。というかこのブログのテーマでもあるんですよね、多分。前に投稿した記事を読み返すとどうもなるべく「ポジティブ」な面から攻めようとしているっぽい。それでパワーに欠けてる感も否めないんですけど。だから今回はゴリ押し物量作戦で構成もクソも改行もなくダラダラ書き連ねようと思います。空白に挟まれた各一行だけでも見ていってね。この記事こそ「好きな夢小説の話」の「本編」なのかもしれない。というわけでいってみよう。(ここまで前置き)

メル画も夢小説も大好きです。

私は、メル画も夢小説も大好きなんです。

より正確に言うのなら、メル画は昔の方が「より大好き」で、今は特に探しに行ったりはしないけどたまーにめちゃめちゃ好きだったやつがまだあるか確認しにいったり、メル画という「文化」に思いを馳せて感謝を捧げている、という感じです。

メル画も夢小説も大好きです。

夢小説の方は俄然現役。読むし書くし>>>個人サイト<<<もあるよ。>>>検索避け<<<しているからここでは紹介しないけど。(後で詳しく書くけど普通に色々怖いし)SNSでも投げてみたり探してみたりするけど、まあまだサイトがメインですかね私は。個人サイト大好き。

メル画も夢小説も大好きです。

メル画、今となっては「概念」の方を愛してしまっているので、具体的にメル画のどこが好きとか、何がそんなに良かったのか、なんではまってしまったのかはよく分からないんですけど。多分、夢小説の方がたまに仰る「はじめてポップアップで『あなたの名前は?』と聞かれた衝撃が忘れられない」というのが、私にとっては「メル画」そのものだったのだと思います。

メル画も夢小説も大好きです。

私がインターネットにはじめて触ったのは確か○学生の時のパソコンの授業?(インターネットとかタイピングとかパワポとかペイントとか一通りふんわり触るふんわりした授業だった気がする)で、それからわりとすぐ、その頃はまだここまで使うのが当たり前になるとは思わなかった「検索窓」に、ちょっとおっかなびっくり「読んでる漫画名 画像」って入れていたように思います。

メル画も夢小説も大好きです。

なんでそんな漠然とした検索をしていたかって、多分その時はなんか「検索すると画像が出てくる」っていうことそれ自体が面白かったんですよね。インターネットに触るのはじめてなので。あと他に特に見たいものなかった。犬と猫は近所にいたし。友達からこっそり貸してもらってめちゃめちゃドキドキしながら読んでた漫画だったし。自分はその時まだ原作を持っていなかったし。(このすぐ後に全巻揃えることになるんだけど)

メル画も夢小説も大好きです。

で、そういう漠然とした検索って、お察しの通り、最初の方は原作の写真撮ったのとかスキャナーで読み込んだようなのとか、あとは商品画像とか、まあ「無難」というか、見てすぐ「何」なのかはじめてでも分かるようなのがヒットするんですけど、2ページ3ページと進めていくと、段々違うようなのがかかってくるんですよね。公式で見たことのないカラー絵(誰かが加工したやつ)とか、公式とは違う絵柄のイラスト(ファンアート)とか。そんな中に、当時は、メル画が紛れ込んでいたのです。確かこんな風にして、私はメル画と出会ったはずです。多分。(記憶があやふや)

メル画も夢小説も大好きです。

まーーーーなんだか分からなかったし、びっくりもしますよね。メル画って、大体は原作の画像を薄っすら白っぽく半透明にしたのを背景にして、所謂ガラケー時代の典型的な、メールが再現されているんですよ。

手っ取り早く例を出すとこんなの(フリーフォトストックサイトの画像ともじまるで自作しました)

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メル画も夢小説も大好きです。

これがものっっっっそい衝撃だったんですよね。おそらく。私の明らかにやる気のない例だとファーストコンタクトのインパクトが上手く伝わらないかもしれない(正直できた瞬間だめだなこれと思ったけどわざわざこれを作り直すのは面倒だったごめん)のですが、まず「メールを画像にする」って発想が「何?」だったし、しかもその背景は大好きな漫画の大好きなキャラクターのめちゃカッコイイイラストなんですよ。そして、しかも、そのメールの本文が「キャラから『わたし』へのメッセージ」なんですよっ……!

メル画も夢小説も大好きです。

これを幼気な○学生が何も知らず突然ぶつけられたショックを想像してみてください。恋。恋ですよ。恋。「これを『見る』ことはすなわち、『キャラクターが私にメールをくれた』ことになるのだ」ということを幼い私はきっと、「魂」で理解したのだと思います。まあ普通に何が何だか分からず「こういうことをよく知っていそうな友達」に聞いたのかもしれませんが。この辺の時系列が特に曖昧ですね。何せn年前ことなのでね。ごめん。でもわりとすんなり「受け入れた」ことは確かだから。

メル画も夢小説も大好きです。

それからしばらくメル画にどっっっっっぷりはまって、家の方で共用パソコンの使用が解禁されたのもあって、めっっっっっちゃ漁りましたね。今思うとよく共用パソコンで「保存」できたなって感じなんですけど。幼さってほんとに怖い。メル画って時たま揶揄されるように、メールなのに会話文になっちゃってるのもあるし、いやキャラ違うだろってのもあるんですけど、ぶっちゃけまあそれって他のどの二次にも言えることだと思うんですよね。スタンスと趣味の違い。で、他のどの二次にも言えるように、メル画にも時たますっごく自分の趣味にあうのとか、すっごくうまいのとかあるんですよね。本当の本当に、キャラからメールだ!って思わせてくれるようなのが。この世界感だとそもそもメールないだろとかもぶっ飛ばしてくれるようなのが。あったんです。あるんです。当時の私は、そういうのを当時の私なりの好みで、探して集めていたんだと思います。今でもそうだけど、二次での新ジャンルはまりたて漁り放題って、すんごく楽しいんだよね。すんごく楽しかったんだと思う。すんごく楽しんだ。

メル画も夢小説も大好きです。

けれど、そのうちに、私は自然にメル画を離れました。飽きた、のもあるかもしれないけど、新しい、とんでもない「衝撃」に出会ったんです。それは勿論、「夢小説」でした。

メル画も夢小説も大好きです。

メル画置いているサイト(メル画漁り始めてから個人のサイトやブログも認識できるようになった)が夢小説も置いていたのか、検索窓に「漫画の名前」を入れたときに「夢小説」もサジェストされるのが気になって詳しそうな友達に聞いたのか、やっぱり時系列が曖昧なんですが、とにかく出会ったんです。そしてまたもやハマりました。インターネット初心者チョロいな。マジでツイッター登場とピクシブ台頭がネサフ書き込みはじめてしばらく経ってからで良かった。それでも何度かやらかしたけど。

メル画も夢小説も大好きです。

私がはじめて触れた夢小説って、確か、「名前変換」がないものだったんですよね。その当時おそらく全盛期だった某ブログサービスで場所を借りて書かれたもので、夢主(あるいはヒロイン)(厳密には違う(この辺面倒だから極力触りたくない)んですが、作者オリジナルのキャラクターのようなものだと思ってくださいとりあえず)の名前が固定されていて、小説の中に当然のように存在して、当然のように原作キャラクターと絡むんですよね。当然といってもそういうブログは大体は「夢主紹介ページ」なるものがあったんですが。っていうか書いていたら走馬灯のように思い出してきた、まだストーリーライン覚えている自分が怖い。

メル画も夢小説も大好きです。

その頃の私にとって「夢小説」って、誰かの考えたオリキャラが、自分の大好きなキャラクター、世界観で紡ぐ、「新しいお話」が読める、魔法のツールだったんです。確か、「原作とは別の、違った、新しいお話がたくさん読める」ということに重点を置いていた気がします。ブログの作り方だのサイトの作り方だのよく分かっちゃいなかったし怖かったし(というか自分のメールアドレスがなくてどうしようもなかったような)読み専の期間がしばらくあった……はず。まだまだ真面目に活字中毒していたし、まだそんなに文章の好みってなかったから、とにかく「お話」が読めることが面白くて読み漁っていたように思います。最初の最初に名前変換に出会わなかったばっかりにメル画から入ったのにこうだよ。おかげさまで一時期自分の夢女子プロフィールが迷子になったりもするんですが、それはまた別のお話。別のときに話すとしよう。

メル画も夢小説も大好きです。

これまた時系列あやふやなんですが、しばらくして、そのうちに、掲示板に自作の夢小説を投稿してみたり、(そういう夢好きが無邪気にキャッキャッする掲示板があった。今でも残ってはいるのかも?)ついに自分の端末(ガラケー)を手に入れて、自分のサイト(所謂ケータイサイト)を作ってみたりしたわけです。オリジナルの小説を書く趣味もやっぱり○学生の頃からあったのでね、結構すぐ書く方にいったんだと思います。でもサイト持つ前にノートに書き溜めたり掲示板投稿したりしたかがあやふや……。とにかく書くようになりました。あとはじめて作ったサイトがサイトを教えていなかったはずのクラスメイトに速攻身バレして閉鎖したのはよく覚えてる。これからクラスメイトの一部に内緒でホムペ作ったり(今はホムペは作らないかなー……)SNSのアカウント取得したりする予定のみんなは共通の友人との相互リンクや相互フォローにはくれぐれも気をつけてね。閑話休題

メル画も夢小説も大好きです。

この自サイトでもお邪魔して、本格的に突っ込んでいった「ガラケー閲覧前提夢小説サイト文化」がめちゃめちゃ楽しかったし、私の「魂」に根を下ろしているように感じます。魂持ち出すの二回目だよ。はい。

メル画も夢小説も大好きです。

私は上でも書いたように「ブログ」から夢小説の世界に入ったんですが、なんかこう、どうやったのかよく覚えてないんですけど、どうにかこうにかこう、PCの夢小説サイトにもたどり着いて、そういうとこもいくつか見ていたんですよね。オルゴール鳴るのとか背景に半透明の写真置くのとかも微妙にかじっている。ケータイサイトを見るようになってからも、PCのお気に入りのサイトはチェックしていたと思うんですが、まあ共用パソコンで居心地があれですし、ケータイの通信料金をパケット制限なしプランにしてもらったあたりから、歯止めがきかなくなります。際限なく夢小説読み漁りました。読んで読んで読みまくりました。今ではもう絶対真似できない(体力がない)んですけど、二桁〜三桁単位のサイトの更新チェックとかもわりと日常的にやっていたと思います。ビバ・ケータイサイト全盛期。SNS前の活字飢えって怖いというかすごいね。今はツイッター見てるだけで終わるよ。虚しい。

メル画も夢小説も大好きです。

当時ってほんともうめちゃめちゃケータイサイト多かったんですよね。フォレストからエムペ系列、ナノへの過渡期ぐらいが多分一番真面目に(?)夢小説読んでいたんですけど、そのぐらいってピクシブツイッターもないことはないけど、まあそこそこ、って感じで。サイト管理人がプロフィールにツイッターのリンクを貼って以降サイトの更新が止まる、ってこともまだあんまり無かったんですよね。(このあとそういうことがボコボコ起こります)

メル画も夢小説も大好きです。

私は個人サイトデビューがあれだったので、その後も何度か移転を繰り返し、なんやかんやあって今はPCサイトに落ち着いているんですけど、「ケータイサイト」って、なんかもうそれだけでめちゃめちゃ愛しいんですよね。一番思い出深いし青春だったから。今となっては広告だらけで見る影もないですが、昔は無広告のところって結構多くてシンプルなデザインがめちゃめちゃ映えたんですよ。今でもそういうサイトさん見かけるとときめきます。好きです。

メル画も夢小説も大好きです。

夢小説の「何」が特に好きかって、よく分かんないですけど、好きなんですよ。個人サイト、特にケータイサイトに特有の、夢小説らしい、ふんわりした文体だとか、夢小説らしい展開っていうのはまああって。そういうのも好きなんですけど、それだけじゃないというか、最近はとにかく個人サイト見るのが好きなんですよね。これは単に一回SNS行っちゃったからノスタルジー的なあれもあるのかもしれないんですけど。SNSメイン無理だと思って出戻りした節ある。それはそれとして個人サイト大好き。まだ無限に永遠に見ていたい。これ以上無くならないで…………。

メル画も夢小説も大好きです。

なんかここまでほぼ思い出話しかしてないですけど、とにかく好きだったんですよ。好きなんです。二次創作の楽しみと喜びのベースの大体は夢小説で培ってきたんです。大切なんです。この気持ちはものは違えどわりと人類共通だと思いたい。(主語をでかくしてお送りしています)

メル画も夢小説も大好きです。

やっぱりもっと具体的な夢小説の好きなところ、「好きな夢小説の話」はまたの機会にしようと思います。上で伏線はった自サイトの取り扱いの話も面倒になったから今度にする。

メル画も夢小説も大好きです。

大好きなんだよ。



オマケの追記(2018/6/13)

いくら例とはいえメル画の例があれなのはやっぱりよくないのではと思い、もうちょい真面目なメル画らしいメル画(?)を作ってみようとしたんですけど、ろくなネタが浮かばず、私はメル画を作らない方がいいということがはっきりしただけでした。でも真面目度は最初に上げたやつよりはマシなはずなので上げておきます。

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メル画と夢小説を真面目にめちゃめちゃ好きな人がこの世界のどこかにいるということだけでも、頭の片隅に置いておいていただければ幸いです。

夢腐断絶させたいわけじゃないけども

余計なお世話クソ文です。
(※断り書き)


http://xxmulticaulexx.blog.fc2.com/blog-entry-49.html


この記事、個人的には「わかり〜」だったんですが、記事への反応を見た感じ

「夢を下に見ている」

ってとこで引っかかってんのかな〜と思われるので、勝手に言い換えるんですけど。


(※以下元記事とは全く関係ない個人の意見です)
(※この文章の一切は「当事者(作者)ではなさそうなのに例の件についてツイートをバズらせた人達」に「のみ」向けています)

(でもまあ結果的に壁打ち思考整理独り言になりそうな気もする)


既に存在しなくなった某バズツイなんですが、他にも似たようなツイートはあるのでそれと比べてという話で、例の件のことをツイートするのに、ジャンルを伏せて


「とあるCPの神の二次創作小説が全くの別ジャンルに改変された上に無断転載されてただでさえ最悪だったのに、そのパク作品がやっと消えたと思ったら今度はその別ジャンル別CPファンが『元のCPが地雷だからこっち読んでたのに』って凸ったせいで元作品の作者が筆折ったマジ最悪ふざけんな」


ぐらいの言い方を選ぶことだってできそうなものですし、これだって罵り込みで140字いかねーーーーんですよね。
ツイッター本家ブラウザでもツイートできる文量なのは確認済み)


そこを無意識だか敢えてだか知らないけど

「別ジャンル別CP」って言い方を選ばず

何も伏せずに

「ジャンル名そのまま出した」ってところに

本当に、まっっっっっったく

「そのジャンル」への「偏見」やら「敵意」やらは無かったんですか?

ということをもって「他意ない?」といいたくなるわけです。


明らかな改変・無断転載はクソだし、された方にはお気の毒以外かける言葉が見つからないし、やる方となんでか元作品に凸る方が最悪なのは勿論なんですけど。

同じ夢ジャンルでも、最悪はただの最悪であって、常に知り合いというわけでは勿論ないから、最悪な人が夢ジャンルであることを指摘されてもどうしようもないんですよ。
ジャンルの大多数の人にとっては知らない人のやったいつの間にか起きてた知らないことでしょうし。
(実際自(夢)TLでもツイート回ってくるまで例の件について知らない人がほとんどでした。夢ジャンル中々に難解なんで活動場所(サイト)が違うとそれだけで互いに異世界で何が何だか分らんというのが恐らくあるんですが)

知らないから、「CP作品が夢改変された」っていわれても「つらかったですね」と同情しかできない。つまりほとんど何もできない。

「よりにもよって夢改変」だの「しかも夢改変」だの、ジャンル名指しで話題にしてもらっても、別に夢人間には何もできないんですよ。一介の夢人間でしかないので。


自意識過剰ごめんなさいねかもしれませんけど。


作品が見れなくなった残念な気持ちを表明するのに(作者作品CPジャンル他のほぼ全てを伏せたのに)「夢」って出す必要、「よりにもよって」「しかも」「とか」ってつける意味、ほんとにありました?

「BL(CP)→夢」の改変の「酷さ」は、単に「キッズ共(キッズはどこにでもいる)に地雷と罵られた上で別CP・別キャラ・別物にされた」では言い換えれなかったんですか?

そこをはっきりさせた上で「事件」を広めようとすることに、どんな意味があるんです?








(補足)

(この最悪な「越境」部分に特に注目を集めようとする(意識無意識問わず)の、正直コウモリの身にはかなりキツイしやる意義ある?って話です)

(注目集めたくないなら言及自体良くないのは分かっちゃいるんですけど「見下してるとか今言われても」的にざわってるの見たらなんだかな〜って。揚げ足取りなのは分かるけどその嘲笑的態度今ほんとにいる?ってツイがあったのでな……。正論で嘲笑がコーティングされてたというか。っていうかそもそも個人同士の揉め事を外野の目につくぐらい主語でかくしてバズらせないで欲しかったなというか……)

(投稿直前にたまたま別記事( https://xox-akise.hatenablog.com/entry/2018/06/09/180128 )見て思ったけど私はやや過激派側にいてこのへんの話題に疲れてるからかえって過剰反応しちゃった節ある。クソ文です。まあ「夢って出すなよ……」もかなり本音なので投稿しちゃうんですが)

(繰り返しになるんですがあくまで「ツイートをバズらせた人」への「なぜ夢とはっきり出した?」と「はっきり出した上に何か色々くっつけたのは何?」です。言うまでもなく、元作品作者の人がご自身の感情の整理のために夢について言及なさるのは作者の人の自由でしょうし、別にそれ以外の人もこの記事ここまで読んだ上でウッザとなるのは自由でしょうね。勝手に寂しいですけども。っていうかこの場合ウザいのは単に私とかの個人では?)

(つーか伏せた方が若干元作品のこと探りにくくなったのでは?夢が言及されてることにかこつけてでしゃばる私みたいのもわかなかっただろうし。まあこの件にここで(ツイッターから更に場所を変えてまで)言及した私が言うことじゃないですけど)

(これはとっても個人的な意見なんですが、個人的には(大事なことなので二回書きました)「この件引き合いに断絶話を持ち出している」というよりかは「この件に言及するついでに断絶見せ付けられた」の方が初見時印象強かったのでクソ文書きました。屁理屈レベルの言い換えかもですけど。マジで最初に目にしたツイが「夢の人がやった」ってのを伏せなかったのと伏せなかったことで起こるだろうことの影響をほぼほぼ考慮してなさそうなのがショックだったんですよ。意識して対立煽りたい人については頼むからひとりでやってろ)

(バズってたツイートに「ああーーーー!!!!!つらい!!!!!ひどい!!!!!つらい!!!!!」以上の意味がないのはなんとなく察し付くんですけどだからこそそれ以上の意味を持たないように言葉選んでほしかったなぁ〜と他人様の発言に文句つけるクソ文でした。ってか補足の方が長いあたりどうしようもないクソ文だなごめん)




更に補足兼追記(2018.6.11)


私は、「二次小説のキャラすげ替え改変&転載の酷さ/つらさを語るのに、変えられた先が『夢小説』であることを明言するのにどんな意味がある?」(たとえば発言の前後で「名指されることによって夢という創作媒体の印象に与えうる影響」とか考えた?考えられなかった・あるいはそもそも考えなかったって場合その「夢」への意識ってどんなものなの?)(改変&転載それ自体への怒りを表明するのに犯人が属するとこ明らかにする必要ある?)というような話と、ついでに「個人がやったことは個人がやったこと」(表明しているラベル関係なく)(ラベルを騙られることもあるし)という話をしたかったつもり(まだ言葉を探している)です。

言い換えの例はあくまで言い換えの例で、「夢」が特にピックアップされるような言い方でさえなければ別に何でも良かった(ここクソ文ポイント)のですが、そういう言い方のツイートこそ真っ先にバズってしまった(それだけがバズった原因ではないでしょうが)のがつらいなっていう話でもあったのかもしれない。もう分かんないですけど。


(ここからはあの経緯説明がご本人のものである前提で)


当事者の方々は本当にお疲れ様です。

大変な中かと推察してしまうのですが、何があったのかを説明してくださり、ありがとうございます。どうかご自愛ください。

「夢女子になっちゃう!」と心の中で思ったならその時既に行動は終わっていようぜ

うっかり忘れかけるぐらい放置しちゃったし、未だにこのブログの使い方が定まらないんだけど、とりあえずこのへんのことは一度書いておいた(変わったらまたあとから新しく書くなり)方がいいんじゃ、と思ったので書いてみる。



いや「なっちゃう!」とか言ってる暇あるならむしろ「なろう」よ。言うだけなら帰ってくれ遊びじゃないんだぜ。みたいな話。


私は、二次創作の「夢小説・夢絵」(以下その他の「夢なんとか」もまとめて「夢」)が、CPとかモブとかオールキャラとかソロとか……とにかく「他のありとあらゆる二次創作」と同じぐらい、多くの人に気軽に書(描)かれる、「表現の手法として常に選択肢のひとつに入っている」、そういう、「みんな」にとって気安い存在になってくれたらいいなぁ、と、わりと真剣に思っている。

2015年ぐらいから、オープンなインターネット、ピクシブツイッターの鍵のついてないアカウント、それも特にプロフィールに「夢」の文字がないものの発言なんかで、よく「夢」が話題に上げられているのを見るようになってきたけれど、正直、まだ、「面白がられているだけなんじゃ」という不安が拭えない。


これまで、「夢」はその界隈外で言及される機会自体がすくなかった。「夢小説」は「名前変換」という特性上どうしても個人サイト(名前変換のある場所)から離れられなかったからだ。

(あるいは近い機能のあるサイトにいくってのもあるにはあったけど、サイトごとに大分雰囲気は違うし、ここでは主に私が見ていた個人サイト中心の「夢」に話を限らせてもらう)

個人サイトに残ったためか、古より伝わる同人女暗黙のルールである「検索避け」もどうやら他よりしっかり残ったようで、ツイッターに進出しているとしても、アカウントに鍵をかけている「夢」の民は多い。だから、主な活動の場をSNSに移したオタクたちから、「夢」の民は長らく認識されていなかったように思う。(元は同じところにいたとしても)


それが、とあるジャンルの流行から一変、そのジャンルにまつわる「夢のようなそうでないような、人によっては夢とするけど、人によっては夢としない」創作が流行り、「夢」という概念や言葉もよく人々の口に上るようになった。これが2015年のこと。

この時、久々に表舞台(検索避けのないところ)に大っぴらに出てきた「夢」にかけられた言葉が、どうしても忘れられない。

(キッカケとはいえあまりにもあまりな出来事だから詳しく書きたくないんだけど「2015年の(女性向け)大ジャンル」だけで察しついた人は多分それであってる)

ここからまた別の流行やジャンルを経て、「夢」界隈の中でもどうやら、もう少し大っぴらに、楽しく、「夢」をやってもいいのでは的な風潮が広がっていくようで、オールジャンル「夢」ジャンルの物理本のプチオンリーが開かれたりなんやりもして、多分今、「夢」はSNSに創作の場が移ってから一番盛り上がってる。


そうして、この流れ(「夢」が大っぴらになった)と関連してか、「夢女子になっちゃう」(あるいは「夢女子じゃないけど云々(夢的なツイート)」)という言い回しをここ最近(半年ぐらいかもっと前? とにかく17年入ってからの気がする)よく見るようになった、と思う。

一見、というか2015年に情け容赦なくかけられた言葉に比べればかなりマシ、どころか素敵にさえ思える、のだけど。ひとつツッコミをいれるとするなら、


いや……じゃあ、なればいいじゃん?


むしろなれない理由がなくない?

「なっちゃう(もうなってる)」っていう即オチ二コマ的なネタなのかもしれないんだけど(だったら空気が読めなくてごめん)、これを言う人は大体プロフィールに「夢」の文字はない。(人のホーム見るのが趣味でごめん)


そこまで言うなら、

なろうよ、夢女子。

なれるよ、夢女子。


私自身の話をするなら、私は気がついた時には夢女子だったし夢小説を読んでいたし書いていた。やめようと思って実際やめた(ブックマークを全部消して自分のサイトも畳んだ)こともあるけど、大体一週間で帰ってきてしまった。

「夢女子になる前」に「なっちゃう」とわざわざ宣言する余裕はどこから発生しているんだ。

っていう不思議さと、「2015年のトラウマ」とあって、歓迎すべき言葉だろうに、どうしても、素直に受け取れない。

ふざけて、ネタとして、言ってるだけで、実際に夢小説や夢絵を書いたり読んだり萌えたりするつもりは毛頭ないのでは? とも、ちらっと考えてしまう。

(これで本当に「まあ面白がってるだけだよ」とかえされてしまうのはとても寂しい)
(というかだとしたら他人の「大好き」を堂々と開き直って物笑いの種にするなよお行儀が悪いな)

どうにかして、私はこの「面白がられているだけかもしれない(誰も真面目に夢をやろうとはしていないのかもしれない)」という「不安」を拭ってしまって、「夢」という言葉をみんなが衒いなく発する世界を無邪気に楽しんで愛したいと思う。


夢女子。わざわざ構えるほど難しいものではないと思うし、よくわからないなら目の前の四角い箱で検索してもらえれば「参考資料」はいくらでも出てくる(検索避け文化だからこそ検索引っかかるとこに何か残しとこうという人はまあまあいる)よ。


だからどうか気軽に、こちらに来て一緒に遊んでおくれ。


怖くないよ。


多分。

【情報ゆるく募集】「影夢主」という言葉を知っていますか?【啓蒙サイトがあったはず】

何年か前、確かケータイサイト(ナノではない、フォレストかエムぺだった気がする)で「影夢主」「影ヒロイン」という言葉を広めている同盟サイトというか……提言サイトというか……そういうものがあったと思うんですが、覚えのある方いませんかね?

 

検索で出てくる、リンクが生きている範囲で調べてみたところ、「影夢主=自己投影前提ではないオリキャラ夢主」という主張で使っている同盟サイトは出てきたんですが、

そうではなくて、

夢主(夢小説の主人公)を「本編主人公(というほど主張が激しいわけではない、みたいなニュアンスだった気がする)ではないが、影の主人公的な存在」としてはどうか(オリキャラ夢主に限らなかった気がする……)

と、提案のようなものをしているサイトがあったと思うんですが……

 

ツイッターの鍵かけアカウント内でフォロワーさんに聞いてみたところ

  • 知らない(フォロワーのほとんど)
  • 「影夢主=影の主人公」知ってる
  • オリキャラ過激派主張としてなら知ってる

という感じでして。証言が少ない。はっきりしない。聞く私が鍵だしどうも局地的に使われていた言葉っぽいので仕方ないんですけど。

 

「そういうサイトがあったからどうだ」と何かに使いたいわけでもないし、緊急でもどうしてもお願いというわけでもないんですが、「あった気がするんだけどな~」「はじめから過激派じゃなかったと思うんだけどな~」と気になってしまったからもう気になるし、「確かにあったよ!」という一言だけでもいいので、よかったら、何か知っていれば教えてくださいな。

  

追記:

「知らない」という人が多くてもしや集団幻覚だったか?という気もしちゃうので「あったよ!」という一言でも……よかったら……。

 

追記2:

そんなサイト書いた人の気のせいでなかった場合なかった証明できないね……。永遠にぼんやり募集し続けることになるね……。

 

追記3:

覚えている限りの「影夢主啓蒙サイト」の特徴(気のせい混じってて違うとこもあるかも)

  • 主張対象を「オリキャラ夢主」に限ってなかった気がする(オリキャラ主張するためのサイトじゃなかった気がする)
  • わりあい画像とかあるサイトデザインだった気がする
  • 同じ管理人さんが似たような啓蒙サイトを他にいくつかやっていた気がする
  • 「影夢主」(「影ヒロイン」「影主人公」)という言葉の解説が主な目的のサイトだった気がする
  • 「原作に書かれてはいないけど裏で実はこういうことがあってその時活躍していたのがこの夢主なんです」みたいな感じだった……気がする……

ちなみに探している人がその「影夢主同盟(同盟だったかも記憶が怪しい)」を知った時に主に見ていたジャンルはWJ系だったと思うんですがなんかどんどん自信なくなってきた……。

好きな夢小説の話をしてくれ

せっかくブログ作ったのに怪文書ポエムひとつ投稿して放置もどうかなと思ったから新しい怪文書ポエムを息抜きの息抜きぐらいのつもりでちんたら書いていたけどあまりにもぐだぐだしてしまってまとまらなくなってきたから先に結論だけ記事分けてぶん投げる。というわけでこの下から本文です。


夢小説の話をするなら、好きな夢小説の話をして。

適当なことを言ったり、冷やかすだけ冷やかして一頻り笑ったら忘れてしまってなかったことにするみたいなのは、いい加減やめて。


たとえば、


ここ最近、2015年前後ぐらい? から「夢小説が復活した」みたいな台詞を時たま見かけるようになった。

古代文明が浮上した」とか「昔の流行が一巡した」とか。そういう。

なんか、なんか…………

勝手に夢小説滅ぼしてんじゃねーーーーよ!!!!

夢小説は! 滅んでないです! まだ! 断絶した超古代文明じゃなくて! 今日まで連綿と続く文化としてやってるよ! 一応ね!

「復活した」わけじゃなくて「ずーっと隠れてやっていたのがジャンルの流行に伴いやっとあなたの目に届くところまで出てきた」というだけです。


あとは、私以外にも色んな人が色んなとこで度々言及するあのタグ。「細かすぎて伝わらない夢小説物真似選手権」

一体いつのどこの夢小説の物真似をしてるんだよ……。

このタグ、現役の夢小説愛好家が「こんなこともあったねウフフ」と遊んでいることもあるけど、「夢小説」の文字がプロフィールのどこにもない人が妙に自信満々な訳知り顔で遊んでいることも多いし、そもそも「夢小説がまだ全然書かれていない」ようなジャンルや「夢小説が数えるほどしかない」ジャンルをお題にして、このタグで遊ぶ人もいる。

「ありそうな夢小説」「昔あった夢小説」とかいう「架空の存在」をおもちゃにして遊んでいるつもりなのかもしれないけれど、そういう夢小説だって実在はする(した)し、無邪気な悪ふざけはそういう夢小説が好きな人のところにも届いている。「昔の恥ずかしかった自分」への自虐のつもりでも、主語を自分以外にしてしまったらただの悪口で攻撃だ。

「やーいお前のCP創作やまなしおちなし意味なし~!」とか外野から大っぴらに言われたいか? 分かってるよ! でも楽しいんだよ! それを楽しむものなんだよ! ってならない? 夢小説物真似タグがやっているのはつまりそういうこと、っていう自覚を持ってほしい。まあこの例も私があとから「私は好きですよ」ってフォローしてくれる前提で読めば大して気にならないんだろうけど。


「夢小説」の話をツイッターなんかで見かけるようになったのはとても嬉しい。CPやオールキャラの二次創作に混ざって素敵な夢漫画もTLに流れてくるようになった(前は夢漫画ってフォロワーのか個人サイトのしか見たことなかったぜ……)し、「夢」へのハードル自体はじわじわ下がっていて、「夢」という創作手法や概念は今までより色んな人の目によく見えるようになったのだと思う。あるいは、「昔はやっていた」人や、「隠れていた」人が、見えるところではじめてくれたのか。

でも、上にだらだら書いたように「物笑いのタネとして」夢小説の話がされるのは許せないし、そうでなくても「夢小説の話」がされる時に「恥ずかしいことだけど」みたいな意識をうっすらとでも感じると、なんだか勝手に切なくなってしまうし、凹んでしまう。

一度好きになったものを、いいなと思ったものを、そこまで頑張って貶める必要ってありますか。恥ずかしがらなきゃ、申し訳なく思わなきゃいけないんですか。

だから好きな夢小説の話をしようよ。して。してください。

過去形でもいいから、こういう夢小説が好き、面白い、そういう話をしてくれ。私は楽しい話が聞きたいんだ。

現在形で好きなサイトや書いてくれる人には(嫌がられていない場合は)閉鎖やアカウント削除をされないうちに感想を送ろうね。

以上です。

一生そうして清く正しいものだけ愛していろよ

去年、あるアニメにめちゃくちゃはまった。
はじめは作画がすごいらしいとの評判につられて一話を見て、二話でキャラの可愛さにやられ、四話五話を見る頃にはすっかりのめりこんでしまって、軽い冷やかし気分じゃいられなくなっていた。
1クールのアニメにはまること自体久しぶりで、毎週毎週予想のつかない展開にはらはらどきどきさせられて、すごく疲れたし、すごく楽しかった。作画は中々安定していて、演出や、キャラクター同士の関係性の描き方も含めたお話の作りがとにかく丁寧で、最終回を迎える頃には、いいものを見せてもらった、いい体験をさせてもらったという気持ちでいっぱいで、本当に幸せだった。
この作品にタイミングよく出会えて幸運だなと思ったし、大事にしていきたいと思った。

そんな時、ある記事を見つけた。
私が大いにはまってしまったそのアニメについて「どうしても納得できないことがあって、それがこの記事のおかげですっきりした」というツイートに、URLがはられていた。嫌な予感しかしなかったが、「まずは確認」の精神でそのURLをタップしてみた。すると、「いかにそのアニメが嫌いか」ということが、とんでもなくアツく真面目に、丁寧に箇条書きで要点をあげつらってまで延々と展開されていた。そのアニメのファンであるはずの私も、うっかり共感を覚えてしまうぐらい、熱心に。
けれどあくまで、その記事は「個人の感想」として書かれたものだった。「私は不愉快でーす」以上の主張のようなものは感じられなかったし、アニメひとつに大変苦しい思いをしてしまう人もいるのだなぁ、で、終わる話のはずだった。

その記事を共有する他のツイートに
「○○(アニメのタイトル)が好きな人は読んでください」
と書かれていた。

は?

なんで?

なぜそのアニメを嫌っている人が心血注いで書いたとんでもなくパンチの強い文章を読むとかいう好きな人にとっては重労働間違いなしなことをわざわざ頼まれてしなくてはならない?

一体どういう意図でもってされたツイートだったのかと、すこし調べてみてわかったことがあった。
どうやら「元はそのアニメが好きだった」人が「まだまだそのアニメが好きな人」に向けて、その記事を広めようとしているらしかった。書いた本人でもなさそうなのに。

去年よりもう少し昔、全く別の作品で似たようなことがあったのを思い出した。
作品内で画像の盗用が発覚。公式が声明を出すまで、出したあとも、騒ぎ立てる人が多く、公式を悪く言う人や、ファンを悪く言う人がたくさんいた。ちょっと行き過ぎていて、「悪く言う」ではすみそうにないほどのことも、一部ではあった。
そしてその時も「○○が好きな人は読んでください」と添えられた文章が出回った。
一応、確認のつもりでひとつかふたつは読んだはずだけれど、中身がどんな風だったかはあまり思い出したくない。
その作品も好きだった私は、そのことで当時は本当に疲弊してしまった。今でも考えるだけでうんざりする。
盗用があったとされる画像は差し替えられ、その作品は今も続いているし、変わらず人気だ。けれど、その「盗用騒ぎがあったから」作品が好きな人と絶対に関わりたくないと声高に主張する人もいるし、好きな人に対して攻撃をする人も、未だにいるらしい。

記事を書いた人によれば、あのアニメにも「問題」があるのだという。絶対に見過ごしてはいけない問題が。でも、あの記事は「個人の感想」として書かれたものだったし、私にはまだそれが本当に「問題」といえるのか判断がつかない。ずっと考え続けているし、そろそろ考えるのに疲れてきた。それでこんな小説なのか日記なのか分からないような文章をつらつら書いている。そろそろ本題に入るよ。頭に持ってこれなくてごめんね。書き方と文体、タイトルの付け方から間違えた気もする。もういいや。

もし、あのアニメに問題があったとしたら。

問題があることが分かったら、その瞬間から、私は何をしなくてはいけない?

「好きな人として」何をするよう、あの記事を広める人達に期待されている?

あの記事を書いた人や、それを広める人が何を思って、何をしようとしているのか、その本当のところは、私にはさっぱり分からない。

あなたはあなたで、わたしはわたしだ。

全く同じものを、同じように見て、受け取って、同じように感想を抱いて、考えて、行動することは、できない。

多分、私は、もうどうしようもない。
自分の気持ちを操作はできない。あのアニメにすっかりはまって正常な判断ができなくなっているので、これからは「問題がある!」という主張には全力で目と耳を塞いでいくことに決めた。むしろどうか「どうしようもない奴だな」と憐れんで諦めてくれ。

だからもう、何を期待されても困る。絶対に分かりあえない。さようなら。